クリエイティブって何ですか?

2017年9月〜2018年3月末までの7ヶ月間のクリエイティブ日記。世界的にクリエイティブと呼ばれている会社でクリエイティブと呼ばれている仕事をする。クリエイティブであり続けることを求められる7ヶ月間を記録することを通して、クリエイティブとは何か、クリエイティブは何ができるのかについて考えるブログでしたが、その後その環境に身を置きながら、まだまだ答えを探してます。

7ヶ月のクリエイティブ生活を終えて

9月1日から始まって今日で7ヶ月のクリエイティブなプログラムを終了します。

クリエイティブとは何ですか?

ということの自分なりの答えを見つけることができました。

これまでの記事では色々難しいことを考えてきました。

でも、それはとてもシンプルでした。

「ワクワクを生むこと」

クリエイティブであり続けるということはワクワクし続けること。

クリエイティブなアイデアを出すということは人がワクワクするアイデアを出すこと。

クリエイティブに生きるとはワクワクしながら生活すること。

ビジネスをクリエイティブするとは、人をワクワクさせるビジネスを作ること。

人は目新しいものとか、視点を変えてくれるものにワクワクします。

だから、クリエイティブであるということには新しさが大切です。

だけど、それが目的ではないと思います。

新しくなくても、誰かがワクワクすればそれはクリエイティブだと思います。

ワクワクするのが自分でもいい。

それは、絵を描くこと、映像を作ること、なんとかなりますよと言って人を笑わせること、写真を撮ること。方法なんてなんでもいいんだと思います。

 

クリエイティブの目的は

人をワクワクさせて

その人の人生を豊かにすること。

 

なんとなくそんなことを思った7ヶ月でした。

これからも、そんなクリエイティブの力を信じていきたい。

 

<一言>

本当にありがとう。はづかしいけれどみんなが大好きです。僕はみんなのものを作れるスキルが羨ましかったです。だから、リーダーになりたかった。それが空回りしたこともあったけれど、終わった今も、みんなの才能を活かせる言葉やアイデアを出したかったと心のそこから思ってます。

だから、もっと努力します。

みんなの力を一番発揮させられるのは僕だと勝手に思っているので、

一緒にクリエイティブなことをしましょう。

そして、たくさんの人をワクワクさせましょう!

ありがとう!

クリエイティブにおけるコラボレーションとは?

 クリエイティブというと一人でやるイメージがあります。ある人は「未来のクリエイティブはチームワークだ」と言い、ある人は「チームワークも大切だけれど自分の意見が大切だ」と言います。どっちが正しいとかはないのだと思います。でも、この2つの違いや意味を理解していないとうまくいかなくなってしまいます。両方試してもうまくいかず、どちらも否定するようになります。なので、この2つの違いや真意について考えてみようと思いました。

 「未来のクリエイティブはチームワークだ」この言葉はIDEOを筆頭とするデザインシンキングの考え方からきているかもしれません。でも、デザインシンキングとは「クリエイティブなデザイナーの考え方」を使って普通のひとたちでもクリエイティブなアイデアを出すための方法として使われています。その一方で、これまでは一人でやってきたクリエイティブな人同士がコラボレーションの方法を知って、一人では考えつかないようなアイデアが生まれる可能性があります。もしかしたらこちらの方が「未来のクリエイティブはチームワークだ」という言葉の真意なのかもしれません。でも、この時に注意をしなきゃいけないことがあると思います。それは、「個人の意見を持つために、個人で考える時間をとる」ということです。ずっと、みんなで話し合っていいアイデアがでるかもしれません。だけど、一人で考える時間をとってから意見をぶつけ合うのがクリエイティブにおけるチームワークだと思います。これが、コラボレーションです。コラボレーションとは役割分担ではなく、「お互いにお互いの意見をぶつけ合い、高め合う」ことです。なので、「それいいね!それいいね!」という感じではなく、「それいいね!だけど俺のアイデアはもっと面白い!」という感じなのかもしれません。その場で一人でも自分の意見を持たずに参加している人がいると、その人が自分の意見をまとめるのに時間を取られてしまって効率的ではないかもしれません。なので、クリエイティブにおける本当のチームワークとは「自分の意見を持つまで考える責任を持つ」ということなのです。

 そう考えると、「自分の意見が大切だ」という言葉はチームワークを否定しているのではなく、それがクリエイティブにおけるチームワークだと言っていたのかなと思います。もしかしたら、「自分の意見を見つける能力」こそクリエイティビティなのかもしれません。

 

 

伝説のクリエイターから聞いたクリエイティビティ

広告業界で伝説と言われるクリエイターから話を聞いた。

その人の穏やかな語り口には力強さがあった。それは、自分への自信からきているものなのだと思う。そして、それは自分が信じるものを作り続けることで生まれた自信だ。そんな人の話にはクリエイティブであるためのヒントがあった。それについて書きとめておきたい。

 

1.最もクリエイティブな人は、最もストラテジックな人である。

クリエイティブとは問題を解決するための手段である。つまり、ストラテジックを届けるための手段なのである。

2.なぜと問いかけ、なぜに答える。

クリエイターこそなぜこのアイデアが良いのかに答えられなければいけない。怠け者のクリエイターはその説明を営業に任せるが、クライアントは「なぜこのアイデアが一番良いのか?」ということにクリエイターに答えてほしい。

3.情報を知恵にし続ける。

情報をそのまま受け取るだけでなく、自分の意見にすることが大切。

4.自分がインスピレーションを感じられる場所に身を置き続ける。

人は自分の無知を感じたとき、インスピレーションを得る。そのためには、自分を表現する力をつける必要がある。自分は何をできるのか?どんな問題を解決できるのか?そうでないと、自分の行きたいところには行けない。

5.人をリスペクトする。

クリエイティブであることは、新しくあること。リスペクトがなくなってしまうと、自分のエゴが生まれてしまう。自分のエゴが生まれると、今までと同じやり方をしてしまう。

6.一つでも驚きを入れ続ける。

驚きには意外性が含まれる。だから、驚きを入れようとすることはクリエイティブであること。

7.Ambitionを持ち続ける。

野望を持たないと今の世界に満足してしまう。そうするとインスピレーションが得られなくなる。逆に野望を持つとどんどん外に出たくなる。だから、野望を持ち続けることとはクリエイティブであること。

8.クリエイティブであることは責任を持つこと。

人は責任を持ちたがらない。失敗したときのことが不安だからだ。だから、自分の意見を抑えてしまう。クリエイティブは自分の意見に宿る。だから、責任を持たないとクリエイティブはどんどん失われる。

9.自分のPoint of Viewを主張すること。

Point of Viewとは自分から見た世界のこと。それを主張することで初めてクリエイティブは生まれる。

10.幸せであること。

クリエイティブは人を幸せにすること。自分が幸せでないと、何が幸せなのかがわからない。だから、幸せであることがクリエイティブであることの第一歩だ。

 

クリエイティブとは、自分そのもの。

文化的なクリエイティブを貫く

文明と文化の違いって何かわかる?

 

文明は便利なもの。世の中を効率的にするもの。

文化はなんかいいもの。世の中をちょっと不器用にするもの。

 

クライアントの人たちは文明的なものを求める。

だけど、そこに少しでも文化的な要素を入れていくことが僕たちの仕事だ。

全て文明的なものになってしまうと、それこそ人間はいらなくなってしまうかもしれない。今は、文明的に進んでいくことが重要とされているけれど、ある時点で文化的なものが大切になるはずだ。

 

そのときに、うちの会社を選んでくれるはず。そんなときに、選んでもらえる会社でありたい。

 

こんな感じのことを話してくれた。これまで、広告はアートじゃないんだからと思ってきたけれど、少しだけ考えが変わった。

 

広告の会社が文化的なものをしようとすると、アートじゃないんだからと批判されることがあると思う。確かに、そうかもしれない。だけど、アートのように文化的なものだけを世の中に発信しようとしても聞いてくれる人はあまりいない。だからこそ、多くの人に伝わるものだからこそ、文化的な要素があることが大切だ。人は文明的なものを欲しがるけれど、心のそこでは文化的なものを求めている。広告が100%文明的なものを作ってしまうといつしか人は文化的なものを求めることすら忘れてしまうかもしれない。そんな世の中が楽しいだろうか?そんな効率だけを求められる世の中が楽しいだろうか?世の中が効率的になると文化を楽しむ余裕ができるかもしれない。だけど、その過程で文化的なものがなくなってしまう可能性もある。

 

「無駄なのによくやるよなあ〜!」

 

こういうものに人は救われることがあると思う。これは、人間にしかできないこと。

 

今の時代は広告でなくてもたくさんの人に伝えることができる。だけど、広告は見たくないのに見てしまうものでもある。

 

だから、文化的にクリエイティブであり続ける義務が僕たちにはあるのだと思う。

 

正しいけれど、つまらないではなく

めちゃくちゃだけど、本当のこと

 

こんなことを意識して残り2ヶ月楽しんでいきたい。

今度は、文化的なものって何かについて考えてみます。

 

 

 

 

 

 

 

クリエイティブと言われ続けた4ヶ月

 9月1日の開始からあっという間に4ヶ月が経ちました。プロジェクトも制作段階に入り考えていたものを実際のものにすることの難しさを感じています。4ヶ月を振り返って自分が一番感じたことはクリエイティブであり続けるためには、「何をクリエイティブにしたいか」ということを意識することだと思いました。例えば、コピーライターは新しい言葉を作ります。グラフィックデザイナーは新しい色、形を作ります。あなたは新しい何を作りたいですか?何に対して新しいものを作りたいですか?

 「君のことが好きだ。」という言葉のクリエイティブについて考えてみます。例えば、「君のことが本当に好きだ。」「母親よりも君が好き。」「人生の中で一番君が好き。」これらの言葉はクリエイティブでしょうか?僕にとってはそうではありません。だって、誰でも思いつきそうなことだから。これらの言葉みたいに”好きをいかに強調するかという方法”をとるのが普通だからです。でも、「君のことが本当に」「母親よりも」「人生の中で一番」という部分について新しいものを考える!という目的なら良いと思います。なんでしょう、例えば「生まれ変わっても君が好き」「0歳のときから君が好き」「好き。君が好き。」などでしょうか。前までの言葉「人生の中で一番君が好き=事実」を語ってますが、これらの言葉は「生まれ変わっても=仮定」「0歳のときから=フィクション」「好き。君が好き=順番を変える」といったようにどれも切り口が変わっています。なので「100回生まれ変わっても君が好き。=仮定」「ライオンに食べられても君が好き。=仮定」「100回殴られても君が好き。=仮定」のように同じ切り口の中で細部を詰めていくようなことに対してはあまり魅力を感じていないのだと思います。じゃあ、どういうことに魅力を感じるのか?「君のことが好きだ。」”好きをいかに強調するかという方法”とは違う方法を考えることが好きなんです。例えばなんでしょう、”好きという言葉を使わずに好きの気持ちを表現する方法”とかでしょうか。「多くの人は好きという言葉を使って考えてくるだろう。だから、好きを使わずに考えよう。そっちの方が新しいから。」完全に天邪鬼なんです。そうなると、「夜になるとあなたを思い出します。」「楽しいことがあるとあなたを思い出します。」などが考えられます。でも、ちょっとわかりにくいですかね?でも、好きという言葉を使わないおかげで好きという気持ちを思い出しそうな感じがします。あくまで、わたしの意見です!もちろん好きを愛してるに変えるという考え方もあります。でも、わたし自身はそれには魅力を感じません。コピーライターの中で多くの人は「いやいや、そんなの全部の段階でたくさん考えろよ。」と言われると思います。その通りだと思います。”言葉をクリエイティブにしたい”のであれば。グラフィックについても同じかもなと思いました。犬のグラッフィックを作るとなったとき。多くの人は犬の形を、犬の色をどう新しく表現するか?と考えると思います。でもわたしはこう考えます。”犬が何をしてれば新しいか”。犬が走ってるシーンを色と形でどう表現するか?ということではなく、「犬が人をおんぶしているシーン」「犬が人のご飯をお箸でとってるシーン」何のシーンを描くか?というところを新しく作りたいです。もちろん、これに関しても「両方やるわ!」と言われると思います。おっしゃる通りだと思います。”グラフィックをクリエイティブにしたい”のであれば。

 じゃあ結局何をクリエイティブにしたいのか?”感情をクリエイティブにしたい”のかもしれません。「こんなのあるんだ!」「こんな使い方あったのか!」「こんなことできるのか!」「こういう考え方があるのか!」わたしは材料工学を学びました。そこには「こうやって作るのか!」「こんな構造になってるのか!」「こうやって計算されているのか!」という喜びが常に得られました。大学院ではメディアテクノロジーを学んでいます。「こんなことまでできるようになったのか!」「こんな未来が来るのか!」「この感覚は初めて!」全く知らない領域だったせいか、自分が考えもしなかったことがたくさんありました。仕事では広告をやっています。「こんな発想あるのか!」ということもあります。多くの広告は”伝え方をクリエイティブする(見た目、言葉)”だと思います。広告業界で大切なのは"What to say"と"How to say"だと言われます。それでいうと"What to say"をクリエイティブしたいのかなと思います。What をクリエイティブする感じですかね。そのための方法として、言葉、グラフィック、映像、テクノロジー、人全て使います。なんでも使います。

 残り三ヶ月、自分ができるクリエイティブを貫いていこうと思います。みんなあと少しだけどよろしくお願いします。また、迷惑かけると思う!今のうちに謝っとくね!でも、みんなのことはKFC食べてるときに思い出すほど好きだよ!

 

 

 

 

 

テクノロジーとクリエイティブ

 今日はテクノロジーとクリエイティブについて書いてみようと思っています。先日、今働いている会社の先輩とお話しする機会がありました。その人はアートディレクターですが、元々Web会社にいたこともあり、興味の幅が広い方でした。なので、テクノロジーに関しても非常に興味を持っていました。その人が過去にやった企画で、「靴の曲がり具合に応じて音が変わるデバイス」を使って、「靴の柔軟性を表現する」というものがあります。これは、数々の賞を受賞していて、広告界では高く評価されたものでした。僕がそのことについて聞いてみると、「テクノロジーと商品の機能がマッチしていたからよかった」といっていました。決して新しい技術ではなかったけれど、商品の特徴を伝えることができていました。そしてこんなことも言っていました。「だけど、あれがブランドコミュニケーションとして一番よかったのかどうかはわからない。」と。そもそも、目的はブランドコミュニケーションをすることで、その方法としてテクノロジーを使っただけなのです。だけど、それが本当に正しかったのか?テクノロジーを使ったということだけで評価されたいたのではないか?テクノロジーに引っ張られてしまったのではないか?そんなジレンマがあったのかもしれません。

 テクノロジーは目的のための手段に過ぎない。僕もそう思います。しかし、一方でテクノロジーにしかできないこともあると思います。つまり、テクノロジーありきで考えるから生まれてくる目的もあるのではないかということです。でも、もしかしたら違うのかもしれません。これも、仕事の中でのやり取りから生まれました。ある伝統芸を行う集団と一緒に仕事をすることになりました。そこで、僕はこう言いました。「テクノロジーを使って舞台演出をするのはすでに多くの人たちがやっているのでやりたくない。」この言葉、僕の中では、テクノロジーを使いたい。テクノロジーを使えばなんとかなるという風潮に対して自分自身は違うぞ!と言いたい気持ちの一言でした。しかし、その場にいたECDが言いました。「いや、そのテクノロジーが舞台演出をすることがその集団に最も良いことならやるべきだ。なので、最初からテクノロジーを使わないというのは違う。」この言葉を聞いたときハッとしました。テクノロジーありきで考えていたのは自分だったのです。「テクノロジーを使いたくない」というのはそもそも、手段としてテクノロジーを捉えていたのではなく、「テクノロジーを使うor使わない」という目的として捉えていたのです。

 こんな、ことがたった2日の中でおきました。テクノロジー云々ではなく、まずはどういう風になることがベストなのかを考えることが大切です。ただし、それを大切にしつつもテクノロジーでどう広げるか?どう拡張するか?という問いかけはしても良いのではないかとも思いました。それについてはもう少し考えてみようと思います。

 

<一言>

自分がやりたいことばっかりやって申し訳ないと思いつつ。本当に感謝しています。 

広告クリエイティブとビジネスクリエイティブは違うのか

 広告業界にあるスキルを他の領域に応用するという考え方が広がってきている気がしてます。僕自身も、その中の一人です。その中で出てくるのが、クリエイティブというキーワードです。ただ、広告業界の中で共有されているクリエイティブな考えがそのまま他の領域に対して使えるのでしょうか?というよりも、広告業界のクリエイティブをそのまま使ってその領域にとって良いことになるのでしょうか?

 大手広告代理店を辞めてハードウェアスタートアップを始めた人はこう言ってました。「広告のクリエイティブとビジネスのクリエイティブは違う。」それを聞いたときこう思いました。「一緒なんじゃないかな?」「いや、確かに違うかも?」「うーん。」

 それで、少し真面目にビジネスのクリエイティブ、広告のクリエイティブをビジネスに応用することについて考えてみました。まず、ビジネスにおけるクリエイティブとは何か?「これまでにない価値観を提示し、その価値を実現するためのサービスを作ること」だと僕は思っています。一方で、広告におけるクリエイティブとは何か?前にも紹介した僕の広告の師匠は「広告クリエイティブとは新しい関係性を作ること」と言ってます。しかし、広告代理店で働いているデザイナーの中には「新しい表現を作ること」だと思っている人がいると思います。一つ目の考えだとビジネスにそのまま応用できると思います。例えば、facebookは人と人との新しい関係性を作りました。そう考えると、広告クリエイティブがそのまま活かせることになり、新しいビジネスをクリエイトできる可能性があります。ただし、ビジネスクリエイティブを全てを包括はしないと思います。二つ目の考えだと、どうでしょうか?そのまま応用しようとすると、エンジニアしかいなかった会社の少しダサいチラシがカッコよくなるという程度のものだと思います。それによってその会社がすごく売れるようになる可能性は確かにあります。でも、これは広告代理店がやっていることと同じです。本当の意味で応用するというのは、違う領域に行くことで、役割が変わるといういうことだと思います。その動きは少しずつ進んできてはいて、大手広告代理店出身のデザイナーが企業の戦略担当になったなんて話を少しずつ聞くようになってきました。この先もどうやったら広告クリエイティブが他の領域で活かせるのかは少しずつ模索されていくのではないかと思います。

 最後に僕自身の勝手な考えを話します。僕が思う広告の面白さは、「気づかせてくれること」だと思います。インサイトと言われる、「誰もが心の中で思っていても口に出さない声」から大切なことを思い出したり、綺麗なグラフィックを見て「時間を忘れて見入ること」を思い出したりします。ビジネスもそうかもしれません。facebookは世界中の人は友達になれるということ。amazonはなんでしょうか?自由な時間を持つことを思い出させてくれる。そして、ビジネスの場合は広告に比べてその先も忘れないようにしてくれるものです。世の中の人はきっと、新しいものを見たくて、体験したいんだと思います。

 

「子供の頃毎日、感じていた、発見という喜びを思い出すために。」

 

<一言>

そろそろ、半分。僕たちのチームらしいクリエイティブを出しましょう。